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ビリージョーの大地

ビリー・ジョーの大地ビリー・ジョーの大地
(2001/03)
カレン ヘス

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1934年、大恐慌の真っただ中アメリカのオクラホマで暮らす14歳のビリー・ジョー
土嵐が吹き荒れ、農作物は育たず、この土地を後にするものも…。
その中で過酷な運命と戦い、くじけそうになりながらも何かを見つけ出していく


このお話は、ビリーの日記のような形で、しかも散文詩というのか?詩の形をとった小説になっていて、
短い、でも的確な文章で書かれています。
だからその分言葉言葉が身にしみます。


はじめに読んだ時とても衝撃的でした。
あの頃に私が感じていたものがここにある。
私の中でもやもやとして形にならなかった、
そして、そんなこと とうの昔に忘れていて、
自分の中に残っていることさえ気付かなかったそんな思いが
この中にあって、
今までのつかえがとれたような気がしたのです。

ビリーが住んでいるオクラホマは、人災なのでしょう、広大な土地を人々が畑にして小麦を取って生活していたのですが、ひどい干ばつや、砂嵐のせいで、ほとんど農作物がとれなくなってしまいました。
その生活に耐えかねて土地を離れていく人々もいます。
そんな中でもビリーと、父、母の家族は土地を離れずに生活しています。
もうすぐ念願の赤ちゃんが生まれるという時、事故で母親、そして赤ちゃんも失います。
そしてビリーの手もひどいやけどを負います。

私は、12歳の時に母を亡くしたのですが、(事故ではありませんが)
ビリーが母親を亡くした後の、父親に対する感情、
恨んでみたり、心配してみたり、話したくても話せなかったり、
言葉に出来ないような微妙な感情。
ここではないどこかへ行ってしまいたいような思い
ビリーほど過酷な状況ではないし、そんな強くもなかったけれど、
これだ…と思いました。
そして、今まで心の奥深くにしまっていたわけのわからない思いがちゃんと整理されて、
そしたら、少し気持ちが軽くなりました。

母に関する思いというのは、知らずしらずのうちに心の奥深くにしまいこんで、
開かずの箱の中に入れていました。
そして、母親がいないくらいなんてことないって…
でもこれを読んだら、
よくやったよ、私も。がんばったねって。
なんだか素直にそう思えました。

母が亡くなった年齢の先の自分というものが想像できなくって、
その年齢になることが怖いとはちょっと違うけれど、不安なようなそんな気持ちで
ずっと過ごしてきたけれど、ようやくその年齢を超え、息子もその時の私の年齢を超え
そうしたら、またひとつ楽になって、
どんどんいろんなものを下していったら、とても楽になりました。
今までの私、どうも御苦労さまでした。

今回は、自分のことばかり書いてしまいましたが、
こうして言葉にして出したことで、またひとつ荷物を下ろした気分です。
読んでくださってありがとうございました。

そしてこの本ですが

あとがきに、時代背景などもわかりやすくまとめてくださっていてとても参考になります。

多分このビリーの気持ちというのは、ちょうど思春期の子供たちが、いろんなことに悩んで葛藤しているのと重なるんじゃないのかな?と思います。

今までずっと
この土埃から抜け出そうと必死だった。
でも現実は
土埃もあたしの一部だった。
土埃があるからあたしがいる。
そして、こんなありのままのあたしはとてもいい。
自分で見てもいいなと思える。

                       ( ビリー・ジョーの大地 / 音楽 November 1935 より )  


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Comment

クリスタルさん
ありがとうございます。
やっぱり、大変だったかもしれません、でもそれなりにやってこれるものですねi-179
母親がいたら、もっと違う人生だったかもと思うこともありましたけど、
それはそれで、違う人生だったら、また他の思いがあったかもしれませんしね。

いろんなことを少しづつ消化していって、このところずいぶん心が軽くなったようです。
年をとるのもいいものだななんて思っています。

いつも温かい言葉ありがとうございます。
2008.08.22 18:51 | URL | hinata #JalddpaA [edit]
マッシーさん
ありがとうございます。
本当ですね、きっと抱えているものは違っても、みんないろんなものを抱えながら大きくなっていくのかもしれませんね。
最近いろいろなことで少しずつ楽になっていくのに気がついて、母親のことも自分の中で納得いくようになったら、
子供もそうなんだ、その抱えているもので辛いこともあるかもしれないけれど、自分で解決というか、納得できるようになるのかもしれないなと思いました。
親は、ちょっと手助けしながら、信じることが大切なのかもしれませんね。

ビリーのようにはまだまだ思えませんけど、そうなりたいですね。
まだまだ成長途中ですねi-179
2008.08.22 18:31 | URL | hinata #JalddpaA [edit]
higurashizoshiさん
ありがとうございます。
本当ですね、こういう本に出会えると、とてもうれしいです。
初めに読んだのは何年か前なんですけど、ようやく手に入れて、久々に読んでみたら、今まで気が付かなかったような気づきもありました。
同じ本を何度も読むというのは、はっきり言ってちょっと苦手なのですが、
これは多分時々読み返すんじゃないかと思います。
伊藤比呂美さん存じ上げなかったのですが、きっと詩人の方が訳したから、良かったのではないかと思います。
伊藤さんの詩も読んでみたいです。

心に蓋をして生きてきたというのも、このところようやくそうだったんだな~なんて思いました。
年を経るごとにいろいろ荷物をおろして楽になるものなのかななんて思ったりしています。
2008.08.22 18:14 | URL | hinata #JalddpaA [edit]
hinataさんはそんなに小さい時にお母様を亡くされていたんですね。
多感なときに母親を失うことはきっと想像もつなかいくらい大変なことだったと思います。
言葉には出来ない葛藤もあったことでしょう。
今のhinataさんがここにいるのはそんな色んなことと戦ってきたからこそ・・・なのでしょうね。

ここに生きている自分、そしてここまで生きてこれたことへの感謝を感じながら私も心新たに頑張りたいなとしみじみ感じました。

hinataさん、ありがとう★
2008.08.21 09:05 | URL | クリスタル #zwLapsbc [edit]
hinataさん

それぞれの人生に、それぞれの区切りというか、節目の時があるんですね。

よくやったよ、私も。がんばったねって。
なんだか素直にそう思えました。

これは、すごい言葉ですね。ちょっと、ジーンとします。

子どものころの思いは、人によって本当にそれぞれちがうけれど、子どもはやはり、なにかしら不安をかかえており、人はそれらを長い時間かけて、ひとつひとつ自分のなかにおとしこんでいくんだなあと、思いました。

私たちはいい大人とみられる外見をしておりますが、実は育っている途中なのだと思いました。

私も、子どもの頃の不安を抱えながら生きている自分を良く感じます。ふるさとを早く出たかった私は、いろんなものをふるさとに置いてきております。

hinata さんやビリーのように

土埃りも私の一部だったと、そんな私もなかなかいい、
…とはまだまだいえないけれど、いつかきっと!

hinataさん、素敵なおはなしをありがとう。


2008.08.20 16:46 | URL | マッシー #- [edit]
hinataさん、12歳でお母さんを亡くされたこと、どんなにつらかったでしょう。
心のどこかをフタすることで、自分を守ってこられたのかもしれませんね。
こうやって、自分を開くきっかけを与えてくれる本に出会うのは人生のよろこびですね。
何かがきっと、そういうふうに巡りあわせてくれたのかな、なんて思います。
今回の文、hinataさんの思いがまっすぐあふれていて、すごく胸をうたれました。

ちょうど娘たちもビリーと同じ年ごろでもあり、ぜひ読んでみたいです。
詩人の伊藤比呂美さんが訳をされているんですね。
2008.08.19 23:56 | URL | higurashizoshi #3Fui4ppQ [edit]

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